九州の食卓 2014年まとめ

「九州の食卓」1年間の連載が終了しました。

九州の食卓 の読者のみなさま、編集の皆さま。
どうもありがとうございました。

「僕が農薬使用をやめた理由」というテーマでこの1年間を書かせて頂きました。ありがとうございました。自分のブログにもこの1年間をふりかえって簡単にですが記したいと思います。詳しくは九州の食卓を手にとって下さいませ。


九州の食卓vol21
春号では、

ボクが減農薬を目指す過程で、使用回数を減らすためにとった選択は、回数は少ないれど、実は1回で長〜く効く成分で構成されてたことを書きました。現場で支持される、よく効くという意味を改めて考えさせられたものでした。

どうして虫が死ぬの? それの仕組みって実はヒトにも言えることだよね?? また一方で、生産現場で支持されるクスリって、どういうものか考えてみて?と投げかけ、自分が選択した薬についての知識が必要で、回数削減だけ焦点を充ててる危うさを自分の体験から話しました。



九州の食卓vol22
夏号では、
 
春号とはちがって今度はたった1つの農薬散布に焦点をあてて、オタマジャクシやカエルの視線で書いてみました。厳しい農薬基準で使用してるけれどー。環境にやさしい、速やかに分解するとうたっていても、あれだけ大量にある排水路の水で薄まるのに、簡単にオタマジャクシたちが死ぬ光景をつづりました。読者の方からの反響も大きかったみたいです。
 
凄まじい効能が現場にはあります。ただ、それが日常化する現場では、害虫が死んでホッとすることはあっても、他の生物がこれほど死んでいることには目がいきません。ましてや、そういう成分を日常的に散布し自分たちも吸っていることなんてー。場合によっては通学路の児童だってー。

今回は1回の散布に着目しましたが、現実はそれが繰り返されていることを一緒に感じ考えてほしい、そう思ってこの話をすることにしました。



九州の食卓vol23
秋号はー。連載3回目のテーマはギリギリまで迷って悩みました

秋号の締め切り日は、まだ残暑厳しい8月中旬でした。秋の作業内容を思い浮かべ、9月中旬からはじまる定植作業、開花、11月下旬の初収穫!! イチゴ屋として待ちに待った収穫期目前〜 やさしい歌に似た喜びと希望の気持ちを綴ろう!! そう考えてました。

ですが、そもそもこの掲載自体がまたとない機会です。ほんとに知って欲しい事は何だろう? イチゴの作業をしながら考えました。悩みました。たまには暗い話題じゃないことも書きたい!! でも結局は、知ってほしいことを書くことにしました。

  
養蜂家さんのこぼしたあのひと言を伝えたいと思いました。

・ミツバチを酷使してる、酷使してることすら知らない生産現場。
・ミツバチが生活できない田舎、家庭、都市が意味すること。
・あんだけ頑張り屋さんのミツバチがとっても簡単に死んでしまうこと。

これは限られた文字数じゃ伝えきれそうにない。やめよかな・・・。一旦、畑仕事に戻りました。改めてまわりを見渡せば相変わらずで。やっぱり今年も変わりそうにないと感じた。やっぱり一部でもいいから伝えなきゃーて。
 
緑の大豆畑が広がり、点々とイチゴの農家の育苗床がひろがる。ここは西のイチゴの、大産地。でも、なーんにも変っていない。過酷はあれど、優しい歌はここにはない。「あなたの生活圏には ミツバチさん飛んでいますか?」
 
 
耐性菌 & 耐抵抗性病害虫フェーズ3段階が多くなった近年。実はもう打つ手はあまり多くはない。新薬のリレーか、はたまた高濃度化を許容するか、どちらにせよ小手先の追いかけっこ。見かけの対策はいっときの幻。そんな中、ミツバチは教えてくれている。1人の養蜂家さんと、1箱 約1万匹のミツバチの声。
 
 
叫び声であってはいけない。優しい羽音であってほしい。ハウスに差し込んだ日射しに輝くミツバチの軌跡。光の旋律に見えたあの日のことが忘れられずにいます。短い生涯、最後まで健全にまぶしくあってほしい。そして、最期は幸せな死骸に会えるイチゴ農家でいたい。それは僕らがヒトが生物として健全に住める環境だということも示している。
 
僕たち生産者はもっと変われるはずだ。未来のための汗も流そう。そして、町の人たちも知って欲しい。ミツバチが飛ぶ環境をもっと大切に思ってほしい。そんな気持ち込めた書いた秋号でした。



九州の食卓vol24
冬号は、最悪でした。ありえないことをやってしまいました。原稿を書いている秋は、定植・ビニル張りなど、忙しくもイチゴ屋らしい作業しているはずで、いよいよ本格的な収穫シーズンに触れ、「明るい話」でビシッと終わるつもりでした。

が、しかし、そうなりませんでした。恥ずかしい話ですが、今シーズンのイチゴ、中止することにしたのです。

土と微生物と昆虫の関わりとその不思議、知れば知るほど、学べば学ぶほど、やってみたくなったんです。小手先ではない、あの、夜な夜な歯を食いしばった無農薬じゃなくて、当たり前に長く続けられるようにするための道を。

イチゴ屋さんなのにイチゴないという、なんとも恥ずかしい終わり方をしてしまった冬号でした。

ありがとうございました。



2015-01-10 | Posted in やましたブログ | No Comments »
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